室内楽曲 通販レコード

弾く事を心から楽しむ自然な演奏*ジャクリーヌ・デュ=プレ、ビショップ ベートーヴェン:チェロ・ソナタ3、5番

通販レコードのご案内メディアに創られたイメージ。

GB EMI HQM1029 デユプレ&ビショップ ベートーヴェン VC奏鳴曲2&3&5番(黒ラベル初出)《黒ラベル英国初出盤》GB EMI HQM1029 デユプレ&ビショップ ベートーヴェン VC奏鳴曲2&3&5番(黒ラベル初出) 天才は夭折する。表紙の幸せそうな写真から、42歳で生涯を閉じると誰が想像しただろうか。多発性硬化症のために筋力が無くなり、身体を動かす自由が奪われていく病気。
 デュ=プレとビショップは本盤録音当時婚約中でしたが何があったのか破断、よって旧婚約者のビショップとはこの1枚で終わってしまいましたので枚数少数の貴重盤。その後デュ=プレはバレンボイムとゴールイン、同じベートーヴェンはエジンバラ音楽祭ライブ録音 (EMI SLS***)でチェロ・ソナタ全集を録音しているのは周知の事実ですが、こちらが先のセッション。若々しいデュ・プレ堪能できるとあって英国屈指のコレクターアイテムとなっています。
 レコード会社の肝いりでコンサートツアーとなると協奏曲の演奏を求められるわけで、そこでは作曲家に襲い掛からんばかりの気迫で曲を征服してしまう彼女だが、本当の彼女のチェロは、弾く事を心から楽しむ、自然な演奏にあったのではないだろうかとふと感じました。
 協奏曲の彼女のイメージよりも落ち着いた聴かせる演奏ですが、一本芯があるというか、静かな情熱を感じます。短く逞しく生きた夭折の天才というイメージは激情系のチェリストとして認知されているが、室内楽を弾かせても抜群の味付けが出来たということがわかります。

1965年12月録音、1966年初発。

通販レコード詳細・コンディション、価格

Beethoven, Jacqueline Du Pré, Stephen Bishop ‎– Jacqueline Du Pre & Stephen Bishop Play Beethoven Cello Sonatas

プロダクト

レコード番号
HQM1029
作曲家
ルートヴィヒ・ヴァン・ベートーヴェン
演奏者
ジャクリーヌ・デュプレ スティーヴン・ビショップ
録音種別
MONO
GB EMI HQM1029 デユプレ&ビショップ ベートー…
GB EMI HQM1029 デユプレ&ビショップ ベートー…
黒ラベル英国初出, MONO 1枚組(160g)。

コンディション

ジャケット状態
M-
レコード状態
M-
製盤国
GB(イギリス)盤
First label: black with red ‘His Master’s Voice’ lettering黒地に箱入り朱白黒ニッパー。黒地に銀文字でレコード内容の説明があります。朱色で中央に大きく「His Master’s Voice」の表記があります。ニッパー部分にもこの朱色が使われていますが、本盤黒犬ラベルが初出です。2版が小豆色黒犬、3版が小豆色犬。ステレオ廉価版シリーズのレーベルですが、初版のものもあり優れた内容で充実しています。デュ=プレ、ハンガリー弦楽四重奏団、ホイトリンク弦楽四重奏団など、実力演奏家が名を連ねます。HQS規格番号はニッパーの右下にSTEREOの文字があります。HQM規格番号では無地、再生音はモノ盤とはいえ秀逸。


通販レコード

詳細の確認、購入手続きは品番のリンクから行えます。

 
オーダーは 品番 / 34-20886
販売価格 5,500円(税込)

【ジャクリーヌ・デュ=プレ・プロフィール】
 第二次世界大戦も終わりに近づいた1945年1月26日、ジャクリーヌ(ジャクリーン)・デュ=プレは、音楽好きの父デレクと、ピアノや声楽などの素養があった母アイリスの次女としてイギリスのオックスフォードに生まれます。「デュ=プレ」というフランス人のような姓は、先祖が英国海峡フランス沖にあるジャージー島の出身者だったためとのこと。
 ジャクリーヌは、4歳の時にラジオから流れるチェロの音に関心を持ったことがきっかけで、母親のアイリスから4分の3サイズのチェロを与えられ、5歳になると母の薦めもあって、ロンドン・チェロ・スクールで姉のヒラリーとともに本格的にチェロのレッスンを受けることとなります。このスクールの総長はチェリスト出身の名指揮者ジョン・バルビローリで、彼はすぐにジャクリーヌの才能を見抜いたといいます。
 10歳になると、ギルドホール音楽学校に通い始めます。この年の始めには、後年まで「マイ・チェロ・ダディー(私のチェロのお父さん)」と呼んで敬愛したイギリスのチェリスト、ウィリアムス・プリースと初めて出会っており、彼女を気に入ったプリースは7年間に渡って彼女を教えることとなります。
 11歳でチェロ援助基金に合格した彼女は、12歳のときにBBC主催のコンサートで演奏。15歳のときには、ギルドホール音楽学校の金メダルを獲得し、クィーンズ賞も受賞、さらにスイスではカザルスのマスタークラスにも参加して腕を磨きます。
 翌1961年3月1日、16歳のときにロンドンのウィグモアホールで、プロとしての正式なデビュー・コンサートをおこない高い評価を獲得。直後にBBCでヘンデルのソナタ、ファリャのスペイン民謡組曲を録音しています。
 年末から翌1962年にかけてはBBCでバッハ無伴奏チェロ組曲第1番、第2番を演奏し、2月には母アイリスの伴奏でサン=サーンス:アレグロ・アパッショナート、グラナドス:ゴイェスカス間奏曲、メンデルスゾーン:無言歌二長調などを演奏して映像を収録(EMI)。また、3月21日には、ロンドンのロイヤル・フェスティバルホールでルドルフ・シュヴァルツ指揮BBC交響楽団の演奏会でエルガーのチェロ協奏曲を演奏し、大きな成功を収めることとなります。
 その成功により、同じ年の夏にロンドンでおこなわれた「プロムス」にも出演して同曲を演奏、国民的なコンサートでの見事な演奏により、一躍人気を集めることとなったのです。なお、同じ夏にはEMIでブルッフのコル・ニドライ、パラディス:シチリエンヌ、シューマン:幻想小曲集、メンデルスゾーン:無言歌ニ長調、ファリャ:ホタ、バッハ:トッカータ、アダージョとフーガよりアダージョ、サン=サーンス:白鳥をセッション録音しており、9月には、ブラームス:チェロ・ソナタ第2番をアーネスト・ラッシュのピアノでライヴ録音しています。
 彼女はしかし、まだ自分の演奏に満足しておらず、この年の秋、フランスの名チェリスト、ポール・トゥルトゥリエに師事するため、パリに6ヶ月間留学することとなります。
 1963年には、ジェラルド・ムーアとのパラディス:シチリエンヌ、シューマン:幻想小曲集のほか、恩師ウィリアム・プリースとのクープラン:コンセール第13番が録音されています。この年、サージェントの指揮でエルガーのチェロ協奏曲を演奏しており、かつてはその録音がリリースされていました。
 1964年には、後援者のイスメナ・ホーランドから、ストラディヴァリウスの銘器ダヴィドフを贈られ、以後、生涯に渡ってこの楽器と付き合うこととなるのですが、デュプレの演奏が激しいこともあって、ダヴィドフはたびたび修理に出されていたようです。
 1965年1月、ジャクリーヌは、初の協奏曲レコーディングとなったディリアスのチェロ協奏曲をサージェント指揮ロイヤル・フィルとおこない、4月にはゆかりの深いバルビローリと初の共演を果たします。曲はもちろんエルガーです。
 翌月にはドラティ率いるBBC響のアメリカ・ツアーに同行し、カーネギーホールで華々しいデビューを飾っています。曲はやはりエルガーでした。8月にはバルビローリ指揮ロンドン交響楽団とエルガー:チェロ協奏曲のレコーディングをおこない、12月にはLPレコードが発売されるなど、13歳から親しんだエルガーの名曲が、彼女のトレードマークとして、世界で広く知れ渡ることとなりました。
 この12月にはスティーヴン・ビショップとベートーヴェンのチェロ・ソナタ第3番と第5番をレコーディングしています。
 翌1966年2月には、彼女はさらなる研鑽を積むべく4ヶ月間ロシアに留学してムスティスラフ・ロストロポーヴィチに師事します。
 同年12月には、招待されたフー・ツォン家のクリスマス・パーティで、ダニエル・バレンボイムと出会い、彼女の提案によってブラームスのソナタ第2番へ長調が演奏されます。
 翌月(1967年1月)、バルビローリ指揮BBC交響楽団のロシア東欧ツアーに同行、1月3日、プラハ芸術家の家でエルガー:チェロ協奏曲を演奏してライヴ録音(TESTAMENT)、4日後には、モスクワ音楽院大ホールでも同じくエルガーで賞賛を受けます。
 同年4月5日、バレンボイム指揮イギリス室内管弦楽団と初の共演でハイドンを演奏、ほどなく婚約が発表され、2ヵ月後には結婚式が挙げられます。なお、婚約直後にはバレンボイムとハイドンのチェロ協奏曲第1番とボッケリーニのチェロ協奏曲第9番のレコーディングがおこなわれ、さらにエルガーのチェロ協奏曲をバレンボイム指揮ニュー・フィルハーモニア管弦楽団と映像収録しています(OPUS ARTE)。11月にはチェリビダッケ指揮スウェーデン放送響のコンサートでドヴォルザークのチェロ協奏曲を演奏してライヴ録音(TELDEC)、12月にはバルビローリとハイドンのチェロ協奏曲第2番のレコーディングがおこなわれています。
 1968年4月は、エードリアン・ボールトと『ドン・キホーテ』のレコーディングをおこない、バレンボイムとはブラームスのチェロ・ソナタ第1番と第2番、シューマンのチェロ協奏曲を録音、5月になるとシューマンの仕上げに続いてブラームスのチェロ・ソナタ第1番と第2番を再度録音、6月には、バレンボイムとブルッフ:コル・ニドライを録音し、9月にバルビローリとモンのチェロ協奏曲、バレンボイムとサン=サーンスのチェロ協奏曲第1番を録音しています。
 この年の8月には、彼女が前年に訪れたプラハにソ連軍が侵攻、難民化したチェコ人を応援すべく、ロイヤル・アルバート・ホールでドヴォルザークのチェロ協奏曲を演奏するとバレンボイムと共に発表したところ、コンサート直前に脅迫を受け、警察の保護を受けることになるものの、なんとか演奏を終えています。
 1969年は4月にジェラルド・ムーアとフォーレ:エレジーをレコーディングしているほか、8月にはクリストファー・ヌーペン監督のためにシューベルト『ます』の全曲演奏を含むドキュメンタリーを映像収録(OPUS ARTE)。12月から翌年1月にかけて、ズーカーマン、バレンボイムとベートーヴェンのピアノ三重奏曲全集をレコーディングしています。
 1970年1月、ドゥ・ペイエ、バレンボイムとベートーヴェン:クラリネット三重奏曲を録音。8月、エディンバラ・フェスティヴァルでベートーヴェンのチェロ・ソナタ全集をバレンボイムとライヴ録音(EMI)。渡米し、11月にバレンボイム指揮シカゴ交響楽団とドヴォルザークのチェロ協奏曲をレコーディング。フィラデルフィアでのコンサートでは、エルガーのチェロ協奏曲をバレンボイム指揮で演奏し、ライヴ録音(SONY)。
 1971年1月、バレンボイム指揮フィラデルフィア管弦楽団のコンサートでサン=サーンスのチェロ協奏曲第1番をとりあげライヴ録音(TELDEC)。英国に帰ってから、指先の感覚が鈍くなるなどの体調不良を訴え、病院で診察を受けた結果、心因性のものと診断され、秋から1シーズンの演奏をすべてキャンセルします。しかし、12月にはかなり良くなり、キャンセルしたベートーヴェンのチェロ・ソナタの代わりに、ショパンとフランクのチェロ・ソナタをバレンボイムとセッション録音します。このときの演奏は、5ヶ月間もチェロに触れていなかったことが信じられないほどの名演奏でしたが、これが彼女の最後のスタジオ録音となりました。
 1972年7月、エルサレムで、ラジオ放送のためにバレンボイム、ズッカーマンとチャイコフスキーのピアノ三重奏曲『ある偉大な芸術家の思い出』を演奏しライヴ録音(EMI)。
 1973年1月、バレンボイム指揮クリーヴランド管弦楽団のコンサートでラロのチェロ協奏曲を演奏しライヴ録音(EMI)。同年2月、メータ指揮ニュー・フィルハーモニア管弦楽団とエルガーのチェロ協奏曲を演奏し、さらにニューヨークではリサイタルも開きますが、症状は徐々に進行しており、バーンスタインとの共演はキャンセル、4月に来日した際にはすでに演奏不可能となり、予定されていたコンサートはすべて中止となってしまいました。
 同年10月には中枢神経が冒され、難病「多発性硬化症」と診断されます。しかし、ジャクリーヌ本人や家族は、この病気の進行が遅いものであることを祈って日々を過ごしていたのですが、1975年、ニューヨークのロックフェラー研究所がくだした診断は、「多発性硬化症がさらに悪化している」というもので、これにより、ジャクリーヌはチェリストとして事実上の引退を決断することとなり、後進の指導にたずさわる道を選びます。
 この年、ジャクリーヌは音楽での社会貢献を称えられて大英帝国勲位(OBE)を授与され、一方、夫のバレンボイムはパリ管弦楽団の音楽監督に就任。パリを本拠地とするようになります。
 1978年、プロコフィエフの『ピーターと狼』のナレーターとして、「ジャクリーヌ・デュ・プレ基金」設立の記念コンサートに参加。
 1979年、エリザベス皇太后から音楽博士の名誉学位を授与されます。同年、母校のギルドホール音楽学校でBBCのために4回シリーズのマスタークラスも実施。
 1987年10月19日、病状悪化によりロンドンの自宅で死去。享年42歳でした。
 1988年1月26日、生きていれば43回目の誕生日だった日に、その輝かしい生涯に感謝するコンサートが開かれ、デイム・ジャネット・ベイカーが歌い、ズービン・メータがスピーチをし、夫だったバレンボイムがイギリス室内管弦楽団とモーツァルトのピアノ協奏曲第27番を弾き振りで演奏しました。
 1989年、ガーデニング好きには有名なハークネス社が、彼女の名を冠した「ジャクリーヌ・デュ・プレ」というバラを発表。晩年、視力が衰えたジャクリーヌが、その香りの美しさから好んだという白く清楚で儚げなバラで、現在でも高い人気があります。

詳細の確認、購入手続きは品番のリンクから行えます。プライバシーに配慮し、会員登録なしで商品をご購入いただけます。梱包には無地のダンボールを使用し、伝票に記載される内容はお客様でご指定可能です。郵便局留めや運送会社営業所留めの発送にも対応しております。

初期盤・クラシックレコード専門店「RECORD SOUND」

入手のメインルートは、英国とフランスのコレクターからですが、その膨大な在庫から厳選した1枚1枚を大切に扱い、専任のスタッフがオペラなどセット物含む登録商品全てを、英国 KEITH MONKS 社製マシンで洗浄し、当時の放送局グレードの機材で入念且つ客観的にグレーディングを行っております。明確な情報の中から「お客様には安心してお買い物して頂ける中古レコードショップ」をモットーに運営しております。


Back To Top
%d人のブロガーが「いいね」をつけました。